雲レーダー観測による積雲分布(東京周辺)

雲レーダーについて

雲レーダーと通常の気象レーダーの観測特性
雲レーダーと通常の気象レーダーの観測特性.

気象レーダー

気象レーダーは,電波を用いて雨や雪などの分布降雨・降雪強度を観測する装置です. 第二次世界大戦後,各国で実用化が進められ,面的な降雨や降雪のデータが提供されるようになりました. 1980年代になると,電波のドップラー効果を利用して, 降水の移動速度(風)の情報を取得できるドップラー気象レーダーが実用化され, 竜巻やダウンバーストといった突風の監視にも用いられるようになりました.

2000年以降,防災科研ではXバンドのマルチパラメータレーダー (MPレーダー)を開発・導入し, 降雨強度推定手法に関する研究を行ってきました. XバンドMPレーダを用いた降雨強度推定は従来の手法よりも精度が高く, 特に,災害をもたらすような強い雨ほど高精度であることがわかりました. (XバンドMPレーダーに関しては,ウェブページ 「Xバンドマルチパラメータレーダー (防災科研)」で解説しています.)

これらの成果をうけて国土交通省では,近年頻発している局地的な大雨に対し, 適切な水防活動や河川管理を行うため,2008年よりXバンドMPレーダの全国展開を開始しました. 現在では,CバンドのMPレーダーの観測結果も使用したeXtended Radar Information Network (XRAIN)と呼ばれるシステムが稼働しており, 水平格子間隔 250 mで1分毎に更新される高精度な降雨情報が提供されています.

以上のように, 現在では急激に発達する積乱雲でも高精度に時間分解能よく観測できるようになりました. そのため,社会のニーズは「大雨をもたらす積乱雲をなるべく早く予測したい」 ということにシフトしてきています. 雨を降らせる積乱雲は積雲から成長して生成されますので, 積雲の監視大雨の早期予測に重要ですが, 通常の気象レーダーではこの積雲を観測することができません.

気象レーダーは雲の中に電波を送信し, 雨粒などで散乱されたて戻ってきた電波(エコー)を受信して観測を行いますが, その受信される電波の強さは雨粒などの粒径の6乗に比例します. つまり,粒子の直径が10分の1になると,戻ってくる電波の強さは100万分の1になってしまいます. そのため,雨粒よりも遙かに小さな雲粒で構成される積雲を通常の気象レーダーで観測しても, 戻ってくる電波を検出することができません.

このことは, 通常の気象レーダーで検出された雲は,すでに雨が降っている雲であることを意味します.

雲粒と雨粒の粒径比較
代表的な雲粒と雨粒の粒径比較.雨粒は雲粒に比べてとても大きいので, 一部のみ表示しています.

雲レーダー

雲レーダーは雨粒よりも遙かに小さい雲粒 を検出できるように設計された気象レーダーです. 先ほどの議論と同様ですが, 気象レーダーにおいて戻ってくる電波の強さは, 送信する電波の波長の4乗に反比例 (周波数の4乗に比例)します. これまでの気象レーダーではSバンド(波長約 10 cm)やCバンド(波長約 5 cm, 日本の気象庁や国土交通省で使用)の電波が使用され, XバンドMPレーダーでは波長約 3 cm の電波が用いられていますが, 雲レーダーではこれらの電波よりさらに波長の短いKaバンド (波長約 8.5 mm)の電波を用いて高感度化を行っています.

さらに, これまで比較的送信出力の低い固体化素子を用いたレーダーで使用されてきたパルス圧縮技術を, 真空管の一種であるEIK(Extended Interaction Klystron)に適用し, 距離分解能を維持しつつ長いパルス幅の使用が可能になりました (戻ってくる電波の強さはパルス幅に比例).

積雲を観測できる雲レーダーですが,通常の気象レーダーと比べて弱点もあります. 波長の短い電波を用いた気象レーダーでは,電波が強い雨を通り抜けるときに, その電波の強度が弱くなりますが(降雨減衰), 通常の気象レーダーよりも短い波長の電波を用いた雲レーダーでは, 弱い雨でも降雨減衰を起こし, 雨の後ろ側の観測ができなくなることがあります. このため,積雲の観測はできるけど, 積乱雲を観測すると激しい降雨減衰を生じてしまう雲レーダーと, 積乱雲は観測できても積雲の観測ができない通常の気象レーダーを相補的に使用することで, お互いの利点を生かすことができます.

また,積雲を観測できる感度を実現した代わりに, 通常の気象レーダーではそれほど問題にならなかった二次エコー (観測班以外の雨などが,観測範囲の中にあるように見える偽のエコー)やレンジサイドローブ (パルス圧縮処理の結果,非常に強いエコーの周辺に出現する偽のエコー), 雲や雨以外の小さな昆虫のエコーが観測されてしまいます. 防災科研ではこれらの偽のエコーを特定し,除去する品質管理アルゴリズムも研究しています.

雲レーダーの外観
雲レーダーの外観(松戸)

防災科研雲レーダーネットワーク

防災科研では雲・降水過程の研究,特に局地的大雨の早期予測手法の開発や, それらの社会的インパクトを調べるために, 人口の集中する首都圏に雲レーダーを設置しています. 前節で説明したとおり,雲レーダーでは降雨減衰が顕著であり,また, 二次エコーやレンジサイドローブの影響で観測ができない領域が生じるため, 複数のレーダーでネットワークを構築することにより可用性を高めています.

このウェブページは東京周辺の雲レーダーで観測された雲, とくに積雲の分布を試験公開しています. 東京周辺での観測は夏期を中心に行います. また,レーダーのメンテナンスや,他の研究目的のためにも雲レーダーを使用していますので, すべての雲レーダーのデータが表示されているとは限りません.

防災科研雲レーダーネットワーク
このウェブサイトで表示する雲レーダーの観測範囲.背景図のカラースケールは人口密度を示す. 人口密度の計算には,政府統計の総合窓口(e-Stat)で提供されている 「平成27年国勢調査(国勢調査-世界測地系500mメッシュ)」を使用しました.